武田信玄、上杉謙信など、戦国武将の多くは戦いに疲れた身心の傷を癒すために、温泉をこよなく愛しました。全国各地には、あちこちに戦国武将の“隠し湯”があります。“城めぐり”、“城下町めぐり”、そして“隠し湯めぐり”。さあ、新しいシリーズの始まりです。
1.武田信玄が愛した湯
「隠し湯」と言えば、何はともあれ「信玄の隠し湯」である。信玄の出身地である山梨県以外にも、長野県や静岡県にはそのように呼ばれる名湯が多くある。その中でも別格と言うべき温泉が「川浦温泉 山縣館」であろう。「武田二十四将」の中の四天王の一人に数えられる、「山縣三郎右兵衛尉昌景(やまがたさぶろう うひょうえのじょう まさかげ)」の第15代目子孫が経営する、安政4年創業の老舗旅館である。
川湯温泉の歴史は古く、『川浦の湯を整備せよ』という命令を出した信玄の古い書状が残されており、「山縣館」のロビーにはその写しが掲げられている。「信玄の隠し湯」の中でも由緒正しい温泉と言うべきであろうか。今から十数年以上も前、合宿旅行と称して「山縣館」を訪れたような微かな記憶があるのだが、どうもはっきりしない。城好き、戦国武将好きの自分としては、何とも情けない話である。もし「山縣昌景」のご子孫の方が経営される「信玄の隠し湯」だということを事前に承知していれば、全く食いつき方も違ったことだろう。もちろん記憶違いということも十分あり得るので、「隠し湯めぐり」の今後の宿題ということにしておこう。是非訪れてみたい場所である。
2.湯田中温泉
「隠し湯めぐり」最初の地は、長野県下高井郡山ノ内町にある「湯田中温泉」である。開湯は、7世紀の天智天皇の時代にまで遡ると言われており、その歴史は古い。福島正則の終焉の地を訪れる旅(Vol.25、Vol.26)の宿泊地として選んだ。
宿に着いたら早速お風呂だ。「見晴らし大浴場」に入ってみる。その名のとおり、湯田中温泉街を一望できる露天風呂は、最高の眺めだ。うーん、来た甲斐があった(笑)。泉質はナトリウムー塩化物泉。温泉のことに関してはほとんど知見がないが、そのお湯は保湿効果が良く、湯冷めしにくい湯だそうだ。確かに、いつまでも身体がポカポカとしていた。
温泉効能を説明する案内を読んでいたら、思わず目が釘付けになってしまった。「信玄の隠れ湯」、松代藩の殿様が愛した湯、そして俳人小林一茶も湯田中温泉に好んで入湯し、多くの句を残した。全てが繋がった!「隠し湯めぐり」シリーズを思いついた(「降臨」の)瞬間である。
3.温泉街を歩く
翌朝、湯田中温泉街を散策してみた。早速、「温泉地の共同浴場番付」なる面白い案内板を見つけた。この番付によれば、西の横綱が道後温泉であるのに対し、東の横綱が湯田中温泉。そうだったんだ、知らなかったなあ~。ここ湯田中温泉には、「大湯」、「綿の湯」、「わしの湯」、「千代の湯」、「滝の湯」、「白樺の湯」、「弥勒の湯」、「平和の湯」、「脚気の湯」という、9軒の共同浴場がある。特に「大湯」は、昔ながらの風情、情緒が感じられる建物である。正面の看板に掲げられている文字は、「養遐齢(ようかれい)」。聞きなれない言葉であるが、「遐齢」というのは、長命長寿の意味。、湯田中温泉は長命長寿、健康で長生きができる霊験あらたかな湯であるからこそ、信玄や一茶にも愛されたということであろう。
一茶の句碑「雪ちるや わき捨(て)てある 湯のけぶり」。今も昔も湯田中の豊富な湯量は変わらない。
4.松代のお殿様が愛した湯
1622(元和8)年、信濃国上田藩より真田信之(のぶゆき)が13万石で入封した後、松代藩は幕末まで真田家の所領として続くことになる。真田信之のことは、ひと言触れておかなければならない。1600(慶長5)年、関ケ原の戦いの直前、真田昌幸(まさゆき)、長男信幸(後の信之)、次男信繁(後の幸村)親子は、犬伏宿(現在の栃木県佐野市)において昌幸・信繁が西軍(豊臣方)、信之が東軍(徳川方)にそれぞれ味方することを決め、今生の別れをする。俗に言う「犬伏の別れ」である。結果、真田家は信之がその後の当主となり、先のとおり幕末まで「松代城」領主として生き長らえることができた。戦国の世ならではこその、見事なサバイバル術と言えよう。
松代藩の真田のお殿様は、湯田中の湯をこよなく愛したそうだ。お城にお湯を運ばせることもあったそうな…。湯田中温泉の有名な老舗旅館の一つに「よろづや」さんがある。その創業は寛政年間(1789~1801年)に遡るという。きっと松代のお殿様も湯治に通われたに違いない。そんなことを感じさせる旅館の佇まいである。
4.温泉街のお土産
温泉街には、お土産屋さんが数多く軒を連ねている。「温泉まんじゅう」はどこの温泉地でも定番と言えるものだろうが、現地ならではこそのお土産を見つけるのもまた楽しい。「湯田中温泉プリン本舗」というお店に入ってみた。早朝であったにもかかわらず、無人販売の対応を行っているため、商品を購入することができる。定番の「なめらか温泉プリン」のほかに、季節のフルーツ、りんご、信州クルミなど、どれを買おうかほんと迷ってしまう。現地を訪れる機会があったら、一度立ち寄ってみてはいかがだろうか。
ちなみに、読者の方は、プリンの好みは「硬い派」、「軟らかい派」、どちらであろうか。筆者は断然「硬い派」である。
👉Vol.28 「風水害との戦い その2~松山城編~」