井伊家16代の治世が続いた「彦根城」には沢山の魅力が詰まっているが、その天守は壮麗華美である。筆者はこれを“破風(はふ)”の城と名付けた。
1.井伊家の城
関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、石田三成の居城であった“佐和山城”を、徳川四天王の一人で大河ドラマ「どうする家康」でも実に良い描かれ方をしている井伊直政に与えた。直政は“佐和山城”を取り壊し、すぐ近くに新しい城を築こうとするが、関ヶ原の戦いの古傷が悪化して死亡。後を継いだ嫡子直継によって1603(慶長8)年から築城が開始され、1614~15(慶長19~元和1)年の大阪の陣によって一時的に中断した後、1622(元和8)年頃に完成したのが「彦根城」である。
三重三階地下一階の小ぶりな天守は、姫路城・犬山城・松本城・松江城とともに“国宝天守”である。井伊家16代の治世が続いた城である。
2.“破風(はふ)”の妙
「彦根城」は“破風(はふ)”の城である。そもそも“破風”とは何だろうか。日本の代表的な屋根に切妻(きりつま)屋根がある。イラストのとおり、ちょうど本を開いて逆さまにしたような形の屋根が切妻屋根になるが、両端の三角部分(三角形の斜辺部分)に当たるのが破風である。“破風”の部分には通常破風板が嵌められる。この三角部分を屋根に作ることによって、下からの吹き上げの風に強くなる「防風」、雨水の侵入を防ぐ「防水」、火災に強くなる「耐火」の働きがある。そう、破風は単なる装飾だけでなく、屋根を強化するという実用的な機能を果たしている。
それでは、彦根城の天守を見てみよう。天守西面から撮影した写真からも明らかなとおり、様々な形の“破風”が見て取れる。三角部分が飛び出したような形になっている庇付切妻破風、正面にでんと構える入母屋破風、Uの字をちょうど逆さのような形にした、丸みを帯びた軒(のき)唐破風など、多種多様な“破風”が組み合わされているのがよくわかる。
その数は実に18。複雑で実に変化に富んだ屋根構造を生み出している、まさに“破風”の城である。下のパンフレットの写真を見てほしい。アングルを変えて撮影された彦根城天守であるが、角度を変えることで全く天守の印象が変わってくる。元々「彦根城」の天守は、四重四階の大津城の天守が移築されたと言われている。四重四階のものを三重三階にコンパクトに圧縮したことによって、(多少ごちゃごちゃしている感じもあるが)壮麗華美な国宝天守が生まれたことになる。
もう一つ、「彦根城」天守の特徴として挙げられるのが、“華頭窓”の存在である。天守3階部分に尖頭アーチ型の窓が二つあることに気がつく。“華頭窓”は元々仏教(禅宗)建築として鎌倉時代に中国から伝わったものであるが、日本では城の天守の装飾に施されるようになった。「彦根城」の“華頭窓”の数は18。ちょうど破風の数と同じである。上記パンフレットの写真を見れば、その数の多さが十分窺えるであろう。これだけの装飾が施されている天守は他にはない。「彦根城」を訪れた際には、是非とも破風と“華頭窓”を数えてみることをお勧めしたい。
「彦根城」には、玄宮楽々園と呼ばれる庭園と御殿が残されている。4代藩主である直興(なおおき)が下屋敷として造営したものである。玄宮園から望む天守の姿は実に優美である。「彦根城」の代表的な景観であり、お勧めの撮影スポットである。
もちろん、「彦根城」の見どころは天守だけでない。表門、大手門から続く坂道を苦労しながら登りつめると、非常時には落とすと伝えられている廊下橋と繋がった天秤櫓がある。尾根を大きく切り開いた堀切の部分に堀底道が作られ、高石垣の上に築かれた櫓はスケールの大きさを感じる。また、「彦根城」には、こけら葺きの美しい馬屋がある。往時には藩主などの馬21頭が繋がれていたそうで、全国の城で城内に馬屋が残っているのは「彦根城」だけである。
3.「埋木舎」(うもれぎのや)
井伊家を語る上で忘れてはならないのが15代藩主井伊直弼であろう。開国か攘夷か、幕府が激しく揺れ動く中で大老として政治の舵取りをし、1860(安政7)年、桜田門外の変で暗殺された人物である。直弼の一生を描いた、舟橋聖一原作の「花の生涯」は有名である。
直弼は14男であったため、元々藩主になる可能性は低かった。当主に一生面倒を見てもらう“部屋住み”として過ごす覚悟を決め、自ら「埋木舎(うもれぎのや)」と名付けた屋敷で青春時代を過ごした。城の入口である佐和口と中堀を隔てたところに「埋木舎」がある。直弼が一体どんな思いを抱きながらこの屋敷で青春時代を過ごしたか、思いを巡らせながら見物してみるのもまた一興である。
城内には井伊直弼像が建てられており、1960(昭和35)年には、直弼の没後100周年を記念する事業として彦根市民の寄付を募り、佐和口多門櫓が再建され、2008(平成20)年には“開国記念館”としてリニューアルオープンしている。ダーティーな悪役のイメージが強い直弼であるが、彦根市民にとってはやはり愛すべき偉人なのである。
4.番外編
「彦根城」見物に行ったら是非宿泊したいのが「彦根キャッスル リゾート&スパ」である。ホテルは「彦根城」の中堀に面した場所にある、抜群のロケーション。特に城好きにとってたまらないのは、大浴場から天守を眺めて入浴することができる「城見の湯」である。国宝「彦根城」の天守を眺めながら、開放感のある浴場で手足を伸ばしてゆっくり旅の疲れを癒す。こんな幸せがあるだろうか。間違いなく城好きが愛するお風呂である。
番外編をもう一つ。「彦根城」は、東海道新幹線の車窓から直接見ることができる貴重な城である。難易度はかなり高いが、遠くにその姿を発見できた時には、感度すること間違いなし。詳しいことは是非Vol.9をご覧あれ。